「NICHIAではたらく」を知るマガジン

2025.04.25
【プロジェクトストーリー】ひとすじの青い光が、世界を照らす

第二部門 LD事業本部
主席研究員長濱 慎一
1991年入社
※所属は2025年2月28日時点
若き日の決断が「世界初」の布石に
NICHIAはLD(半導体レーザー)の分野でも、世界トップクラスの技術力を誇っていますね。長濱さんは、どのような形でLD開発に関わってきたのでしょうか?
徳島出身の私が地元の大学を卒業し、NICHIAに入社したのが1991年のことです。入社後は開発部に配属され、その翌年に後にノーベル物理学賞を受賞することになる中村修二氏のもとで世紀の発明と言われる青色LEDの開発に携わりました。
1993年の年末にNICHIAが青色LEDを発表した後、次の開発テーマの一つとして持ち上がったのが『LD』だったのです。そこで「私にやらせてください!」と願い出て、翌年の1994年から開発がスタートしました。
NICHIAを世界に知らしめることになった『青色LED』の開発に、若くして参加されていたのですね。なぜLD開発に挑戦したいと思われたのですか?
今の若い人はよく知らないと思いますが、当時は音楽プレイヤーがアナログのレコードからデジタルのCDに代わっていく時代でした。それまではレコードの情報を読み取るために針が使われていましたが、CDでは針の代わりにLDを使います。
当時は赤色のLDで情報を読んでいたのですが、より多くの情報を読み取るために注目されていたのが、赤色よりも波長が短く、より高密度な情報を記録できる『青色LD』でした。次世代の光ディスク用の光源として注目されていた青色LDの開発競争に打ち勝つことが、私の大きなモチベーションになりました。
「飛べる」と思えば、必ず超えられる
当時、青色LDにおける開発競争はどのような状況でしたか?
次世代の光ディスク用の光源として世界的に注目されていたので、各企業がさまざまな方法で研究開発を行っていました。そのような中、2000年に当社がいち早く光ディスク用の光源を世の中に発表し、その後のさらなる開発によって最終的には約70%の世界シェアを占めることになります。
世界シェア70%!すごい数字ですね。
光ディスク用の光源開発を達成した後、一時期は事業部に移ったのですが、1年弱で研究所に戻ってくることになりました。その理由は、LDを用いてディスプレイ用の光源を作るという次の目標に挑戦するためです。
RGB(赤・緑・青)の光源があれば、ディスプレイとして世の中の色をすべて再現することができるのですが、当時は赤と緑のLDしかなく、青のLDを新たに作る必要がありました。先ほど申し上げた光ディスク用の光源は、実は青ではなく紫だったのです。そこで2000年よりピュアな青色のLD開発をスタートさせ、2002年に青色LDを発表することができました。
青色LDの開発で、特にどういった点で苦労されましたか?
光ディスクの開発にも言えることですが、「本当にできるのか?」という葛藤と常に向かい合っていたことです(笑)。あるアイディアを持って実際にデバイスを作成し、それを測定する作業を繰り返すのですが、基本的にはそのほとんどが上手くいきません。一方で、なぜ結果が出ないのか自分なりの仮説を設け、粘り強く再トライを重ねていると、思いがけず良い結果が出ることもある。そんな小さな成功体験を繰り返すことで青色LDは生まれたと言えます。
ブレイクスルーは突然やってくるものですか?
実は当時から、青色LDと平行していろんな研究開発を行っていました。一つの研究ばかりをやっていると心が折れてしまうので、煮詰まったら違う研究をやってみる。すると、時にそれが思いがけないヒントになったりするんです。
大切なのは、成功を信じてやり抜くこと。例えば陸上競技の走高跳って、自分の頭よりも高いバーを飛び越えなければいけないですが、まず自分自身が「飛べる」と思わなければ、その目標を達成することは決してできませんからね。
ディスプレイ用のLDで世界市場をリード
長濱さんはNICHIAの強みをどのように感じていらっしゃいますか?
新たなチャレンジを支える社風こそが、NICHIAの大きな強みであると思います。2000年の初頭は光ディスクが非常に好調でしたが、2010年頃にはパソコン本体についていた光学ドライブがなくなり、情報記録媒体としての役割を終えていくことになります。光ディスクが昔の産物になってしまったので、当社と共に開発競争をしていた各メーカーも事業を縮小または撤退し、エンジニアも散り散りになりました。
しかし、当社の開発チームは「ディスプレイ用の光源をつくりたい」というモチベーションを持ち続けた結果、会社から潤沢な予算を提供していただくことで研究を続けることができました。その結果としてディスプレイ用の光源が完成し、今では売上も光ディスク全盛期の約3倍に達しています。
ニーズが移り変わるなかで常に次の時代を見つめ、新たな技術革新によって事業規模を拡大し続けてこられたのですね。
他社がやっていないことを突き詰めるという意味では、当時はオンリーワンだったんですよ。だからこそ今、ナンバーワンになれているのだと思います。
小さな領域でも、会社で一番を目指せ
現在、主席研究員として研究部門と商品開発部門を統括されていますが、職場の雰囲気はいかがですか?
私自身もそうでしたが「若手だから上の指示に従う」といった風習はありません。もちろん会社の方針には従いますが、技術的にはまったくフラットなんです。むしろ若い人の方が新しい技術を学んできているので、私の発言が間違っていたりすると、すぐにツッコミが入ってきます(笑)。
育成に関しては、多くの場合は入社後2年、3年はまず勉強から入ります。先輩のもとでスキルを溜めて、プロジェクトチームの一員になっていくという流れです。本人が希望すれば就業時間中に大学等で学びの機会を得ることもできますし、学会にも積極的にスタッフを派遣して情報を集めています。
次代のNICHIAを背負っていく方々に、どのようなエールを贈りたいですか?
独創的なものなんて、実はないんですよ。技術革新の多くが、違う分野の応用だったりする。つまり専門的なことよりも、他者と異なる視点や発想が大きな力になります。極端に言えば開発テーマに対する専門知識を持っていなくとも、自分が持っているバックグラウンドを武器にすればいい。小さな領域であっても、自分の得意分野で会社一を目指してほしい。そこを起点に、いずれは日本で一番、世界で一番へとつながっていくはずです。会社としてはそれを全力でバックアップしていきます。
最後に、LD開発の次なる目標についてお聞かせください。
LEDが一般光源と言われているのに対し、光を絞って使うLDの応用先は非常に限られています。ニッチな市場が多い分野ですが、その中でも市場が大きく開きそうなのがレーザー加工です。例えば鉄板などは赤外光で切断や溶接できるのですが、銅をはじめとする難加工材と呼ばれるマテリアルは、赤外光を反射してしまうのです。そこで当社では、古河電工さんと青のレーザーを使った光源や加工技術を共同開発しています。
今後もこれまでのノウハウを活かしながら大きな成長が見込める市場にリソースをつぎ込み、今までになかった機能を加えながらお客さまとともに用途を開拓していきます。期待していてください。